私の母親の親孝行については、先日述べた通り。今になって声にならない母(私から見れば祖母)の声を聞いている。
母は祖母と一緒に祖父を看取った。祖父の最後は病院だっけど、祖母と子供達に見守られながら、安らかに向こう側に旅立った。呼吸が止まったかと思えば、また吹き返してと、そんな事が何度かあって、最後は本当に息を引き取ったらしい。
その姿をみて、「こうやって逝くのなら、死ぬのも怖くない。」母はそう思ったという。
ところで我が家、私の実家はお世辞にも、裕福な生活をしてきたわけではない。今も実家に帰ると、「もうちょっとお金使ったら良いのに。新しいもの買えばいいのに。」そう思わせるものが随所にある。
バスマットはいつも古くなったバスタオルの継ぎはぎだし、包丁まな板皮剥き器や鍋などのキッチン用品なんかは、私が子供の頃からのメンバーが、未だ一線を退かない。床がめくれたり、鏡が割れたところも、父が切って貼って修理をしながら使っている。寿司に行ってもいつもの一番安い皿に乗ったネタを5つも食べれば十分。余らせるよりは足りなくてもいいや。少し困った事があれば、我慢すれば良い。工夫すればなんとかなる。
そうやって、2人は生活を切り詰めて生活してくれた。子供だった私達が外出時に「喉が渇いた。」と言えば、返ってきたのは必ず「唾飲んどき。」の答えだった。
我が家の名言ならぬ迷言だけど、なんの迷いもなく、両親はそうやって生活してくれた。
私と弟がひとり立ちして、祖父母と同居してからも、質素な生活は変わらなかったけど、介護用品はけちらなかった。今も新しい車椅子と、ウォーターベッドをレンタルしている。「多少お金かかってもな。」そう言いながら、そこにお金を使うのも迷いない。
私達が帰ってくれば、回転寿司に連れて行き、どこにも連れて行ってやれないからと、昼にはモスを食べておいでと。そんな両親は、モスバーガー食べた事がないだろう。
今、母は一日何度も寝返りの打てない祖母を転がし、その合間で、私達の為におにぎりを握っている。車の中でおなか空かせないように、少しでも出費を抑えられるように、母はいつもおにぎりを握ってくれていたから、どこで食べるおにぎりも、母のおにぎりに敵わない。
明日車の中で食べるおにぎりも、きっと今までで1番だろう。
少し歳を取って、少し母の愛がわかるようになる。
母は私よりもっと多く、その母の愛をわかっているのかもしれない。
よく生きるとか、よく死ぬとか、私にはまだまだ分からない事が多い。でも、親をよく送って差し上げる。というのはとても大切な事のように思う。だから、その為に一生懸命生きる両親は、本当に尊敬すべき人だと感じた。
そしてなんというか、その元に生まれてきた自分は幸福だと思う。
今日も読んで頂き、ありがとうございます。
それでは、よい一日をお過ごし下さい!



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