あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
今年こそ、三日坊主続きのブログが、もうちょっと続きますように。
さて、神戸の実家には父と母とそしてもう一人、母の母が同居している。
同居と言っても要は介護だ。
25年程前にクモ膜下出血で倒れて以来、少ーしづつ、少ーしづつ出来なくなる事が増えてきた。それでも去年のお正月には私達の言ってる事はよく分かるのに、自分の話す事が伝わらずもどかしくてイライラする事もあり、何かあればすぐに母を呼び出して言いたい事言って、母はなだめたり、時には言い合いになる事もあった。そんな感じだったらしい。
でも今年の祖母は、もうそんな事出来なくなっていた。
まず、ナースコースを自分では押せないから、母を呼ぶ事は出来ない。
寝返りを打つ事もできないから、父と母が何度もひっくり返してあげる。
喋る事も出来なくて、頷くのが精一杯。
大好きな初孫の私がいる事は、分かってくれた瞬間があった。
昭和のおかんと呼ぶに相応しい体格だったのに、今は30キロ。とても小さくなった。
「おばあちゃんは赤ちゃんになってん。」母はそう言って、呼ばれずとも祖母の部屋に行っては、ご飯を食べさせ、話しをして、テレビを一緒に観て、体を転がしてあげる。
祖母の状態だと、食事はミキサー食というトロトロのものが施設では出されているけど、母は祖母の好きなカツオのタタキやら、お肉やらを細かーく包丁で叩いてお粥に乗せて、時間かけて食べさせてあげている。美味しい時や嬉しい時はおかわりもして食べている。
祖母は今年96になる。両親は共に70代。
この状況だけを考えると悲壮感も漂うのだけど、母は満足している。この年になって、やっと親孝行してるねん。と。
今までもっと喋ったり一緒に笑ったり出来たら良かってんけど、そういうのあんまり出来ひんかったから、今になってやってるねん。と。
私の父は養護学校の教諭をしていた時期も長かった。そういう意味での父のサポートはもちろん大きいし、車で30分程の所に住んでいる母の妹夫婦が毎週来て、介護を手伝ってくれているのも大きい。4人仲良く出かけたりもするらしい。訪問看護の方や、ショートステイ、デイサービス、沢山の方の手を借りて、祖母の介護は成り立っている。
でも、孫の私は何もしない。「顔見せてあげて。来てくれるだけでいいんよ。」その言葉に今も甘え続けている。
そんな中、子供5人連れての帰省。負担が大きいだろう事は分かっていたので、ご飯は長女と作ろうとか、あれこれ手伝おうとか、計画してきた。なのに、どうしてなのか?家だと目覚ましなくても6時半には起きるのに、実家だと起こされなければ10時過ぎまで寝ている。
そして、子供達のお母さんコールに応えているうちに、何も手伝えずに夜が来る。
明後日の朝には神戸を出発するという時になって、母が小さく言った。「ご飯作ってくれるの、期待しててんけどな。友達にも自慢しちゃったわ。」と。
あぁ、これはあかん。やってしまった。そんな中天から降りてきたクモの糸。「明日の夜のカレー作ってよ。」
おお、これは是非作らせて頂かなければ!
ところがその数分後、母はこんな事を言ったのだ。「明日お兄ちゃん(近所に住む母の弟)に言って、コストコ行ってくる?」と。
コストコ行った事ないので、思わず話しに乗りかけるんだけど、、イヤイヤ、コストコ行ったら、カレー作れませんよ。母上様。
子供がやりたい事があれば、やらせてあげたい。子供の願う事は叶えてあげたい。
私も親になって分かった。できる事出来ない事あっても、無理してでも、子供の声を聞きたいのだ。
でも、その逆はなかった。無理して親の声を聞いたりはしなかった。そして、親はそれを責めたりもしなかった。
母は今になって、声の出ないおばあちゃんの声を聞いているのだ。
やっぱり明日はカレーを作ろう。
何があっても、母の小さな声を聞こうと思う。
今日も読んで頂き、ありがとうございます。
良い一日をお過ごし下さい。



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