入力と出力の順番

覚えた何かを記憶させる為には、それを誰かに伝えたり、書き残したり、何らかのカタチでアウトプットする事が重要。インプットしたらアウトプットする事で、より自分のものになる。

そんな事を昔聞いたことがある。

この流れからすると、最初に入力があって、そして次に出力。という順序になるのだけど、実はこの順序が違ってるんじゃないか?って言う話し。

そんな事ないでしょ。入ってないものを出せないよ。って私も思ってた。でも、人間の中って何も入ってないようで、結構詰め込まれている。どちらかというと、とり出したくてもうまく取り出せないもの。言葉にしたいんだけど、うまく言葉に出来ないようなもの、、伝えたい相手に伝わらないもどかしい気持ち。そういう部分の方が、スムーズに発信したり、通じ合ったりしてる部分よりもたくさんあるんじゃないかな。と思う。

私は私という1人の人生しか経験がないけど、少なくとも私の人生はそうだったし、今もそう。

これは私だからそうなのか、人間の半分位はそんな人がいるのか、、その辺はよく分からない。でも周りにいる大切な人と本当に心通わせて、通じ合えて、自分の意思をそのまま形に表せるって、なかなかないんじゃないかな。って思いっきり私の感想です。

何故か今日は哲学みたいな雰囲気になってしまったのだけど、言いたかったのは、まずは出力する。そうすると必要なものは必ず入力される。って事。

人間は生まれてオギャーと泣き、死ぬ時息を引き取る。聖書には求めよ、そうすれば与えられるであろう。とある。苦しい時は布団に潜り込むより、高架下で電車が通るその時に叫んだ方がスッキリする!!部屋の整理はまず全部出す、それから収納。

何かを言葉にする時、特に相手がいる場合、間違ってないかな、ここまでは言い過ぎかな、余計な事言わんとこ。って思って、出し渋ってる部分。そういう部分も時には出し切ってみる。

もちろん、人を傷つけない方法で。

そうすると、必要なものが与えられる事を感じます。

宗教的なはなしかもしれないけど、「祈り」っていうのは、その最たるものかもしれない。全てを吐き出して私を空っぽにしてみて、何か得られるもの、感じるものがあるのかもしれない。

今日も読んで頂いてありがとうございます!

それでは良い1日を!

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